お殿様お休みの庭
東太美地区
加賀藩政期、3代藩主前田利常公が、沢山の家臣と一緒にこの地方へ鷹狩りに来られ、
豪農栗山又八で休息された。庭は小矢部川の石で素晴らしく、能登の駒造の作という。この庭を眺めながらお茶を飲み、お菓子として地元産の干柿を呈上したと
ころ、大変美味しく召し上がられ、毎年献上するようになった。
由緒あるこの庭は、その後一部縮小されたが原型は往時のままである。
干柿が取りもつ縁もあって、やがて5ヶ村用水工事が進められ、川上地方は発展した。
また、歴代藩主も鷹狩りの折り栗山家で休息された。
所在地:南砺市土生新
所有・管理者:栗山 悟
小丸城(砦)趾
太美山地区
明応4年(1495)の頃,武将小塚又左右衛門、その子小塚弥太郎が築城した城である。
嫁兼集落の西方で小矢部川に面した高台地で城の周囲に堀を巡らしていた。元亀の頃(1570〜1572)上杉謙信の攻勢を受けた事があった。
その後佐々成政の配下となったが、天正13年(1585)成政は前田利家に敗れた。小塚弥太郎は浪々の身となり小丸城は荒廃した。城主弥太郎は仏門に入り、竹内村の真敬寺を創建した。
所在地:福光町嫁兼
所有・管理者:嫁兼地区