小丸城(砦)趾
太美山地区
明応4年(1495)の頃,武将小塚又左右衛門、その子小塚弥太郎が築城した城である。
嫁兼集落の西方で小矢部川に面した高台地で城の周囲に堀を巡らしていた。元亀の頃(1570〜1572)上杉謙信の攻勢を受けた事があった。
その後佐々成政の配下となったが、天正13年(1585)成政は前田利家に敗れた。小塚弥太郎は浪々の身となり小丸城は荒廃した。城主弥太郎は仏門に入り、竹内村の真敬寺を創建した。
所在地:福光町嫁兼
所有・管理者:嫁兼地区