岩木集落の荊波神社は前宮と奥宮があって、その奥宮の後方に前方後円墳がある。古来、砺波地方を支配した豪
族利波臣志留志の塚と伝えられている。志留志は古文書によると奈良東大寺の盧舎那仏建立に際し、米3千碩(俵)を寄贈し外従5位下に叙せられ、更に懇田
100町歩を寄進し外従5位上となり伊賀守に任じられた。その頃の越中守は大伴家持であった。志留志は、伊賀守を終え故郷であるこの地に帰り死去したもの
と考えられる。
志留志塚より発掘された出土品は、古墳時代後期の陶器(すえのうつわ)、鉄の直刀、藤原時代後期の文様をもつ白銅鏡、経筒などでこれらは同神社に収蔵されている。
所在地:南砺市岩木(荊波神社後方)
所有・管理者:岩木区長
指定年月日:昭和34年11月5日