田屋川原古戦場
史跡
文明13年(1481)、春に起きた越中一向一揆の主戦場跡である。福光城主石黒光
義率いる瑞泉寺討伐軍とこれを迎え撃った瑞泉寺一向宗衆徒とが、田屋の山田川河原一帯で戦い瑞泉寺側が大勝したという。さらに一向衆徒は野尻城主を降伏さ
せるなどして砺波郡全域を勢力下においた、と伝えている。
所在地:南砺市田屋255ほか
所有・管理者:田屋区長
指定年月日:昭和56年10月30日
烏堂跡
史跡
かつてこのあたりに庄川本流が流れていたころ、難破船烏丸の犠牲者慰霊の堂が建立され烏堂と名付けられた。のち神明社となり、社叢は加賀藩の「御伐採指留林」となった。その最後の1本は「烏堂の大杉」として保護されていた。
所在地:南砺市本江2730
所有・管理者:本江区長
指定年月日:昭和53年6月27日
野尻城跡
史跡
平安末期、源平争乱のころから記録に名がみえる野尻氏の本拠地。文明13年(1481)、一向一揆のために滅んだ。城跡は現在の徳仁寺を中心に180×160mの広さがあったとされる。
所在地:南砺市野尻850ほか
所有・管理者:徳仁寺 ほか
指定年月日:昭和46年7月20日